フォーラム記録

TMC10周年記念

「新たな時代に向けての地方からの挑戦」

北川正恭三重県知事に訊け! 

改革を実行する思いとは? 


2001年07月 15:30〜17:00
(懇親会 17:00〜)

名古屋東急ホテル  錦の間

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CONTENTS : 記念講演・パーティ プログラム】 【講演録

TMC10周年記念

記念講演・パーティ プログラム


記念講演   名古屋東急ホテル 錦(にしき)の間
北川正恭 三重県知事         15:30〜16:50

    会場移動 休憩           16:50〜17:00
パーティ   名古屋東急ホテル バロックの間
  • 代表幹事・来賓挨拶・乾杯       17:00〜17:10
  • 食事(ブュッフェ)・歓談          17:10〜 (祝電披露、ビデオ上映等も併せて実施致します)
  • バンブーオーケストラによる演奏   18:00〜18:30
  • 記念撮影                 18:45〜
  • 閉会の辞                 18:55〜19:00

北川正恭 三重県知事 紹介

 略歴 昭和19年11月11日生まれ 三重県鈴鹿市出身
     昭和42年 3月早稲田大学第一商学部卒業
     昭和47年12月三重県議会議員 当選(3期連続)
     昭和58年12月衆議院議員 当選(4期連続)
     平成 2年 2月文部政務次官
     平成 7年 4月三重県知事 当選(現在2期目) 現在に至る
座右銘は「至誠通天」。尊敬する人物は「坂本龍馬」、理想とする政治家は「尾崎咢堂」という、まさに平成の獅子! スポーツは日本拳法、ゴルフ、野球をこなすアクティブな人間だが、趣味は囲碁と落ち着いた一面も除かせるB型の気さくな人柄。 
あふれる情熱と行動力の持ち主で、地方分権時代の主役のリーダーシップ、行動には今後注目です!

BAMBOO ORCHESTRA 紹介

 「切る、叩く、吹く」。竹はそれだけで楽器になります。
 生まれながらにして共鳴する空気を持った竹。まるで楽器になるために誕生した様で、竹自身が楽器にして様で、竹自身が楽器にしてくれと、言っている様な気さえします。
 BAMBOO ORCHESTRAは、矢吹誠氏により、1994年創立。
 自然との対話をテーマに尺八、篠笛、笙といった日本の竹製伝統楽器を中心にアジア各国の竹楽器、さらには大小様々な竹の創作楽器等、オリジナル楽器を含む20種以上の竹楽器にてアンサンブルを行い、竹が生み出す自然と人と音楽の新しいコミュニケーションの誕生させます。
 巨大な孟宗竹でできたジェゴグの響きは聴く者の身体を揺さぶりしなやかな笛の音は聴く者の心に優しく語りかける。その多彩な音色と体感的な響きはジャンルや国境を感じさせないアジア的サウンドと言えるでしょう。
 その音楽は、多彩な音色と体感的な響きを持ち、ジャンルや国境を感じさせないアジアから発信した地球サウンドです。現在、東京及びフランス・マルセイユを拠点に活動を行っています。
 BAMBOO ORCHESTRAの竹の音は、実際に聴いていただき、身体で感じてほしい音楽です。
(ホームページ http://www.bamb-com/)


三重県知事 北川正恭氏 講演録

《三重県知事 北川正恭氏 プロフィール》

司会者: それではTMC10周年記念講演を始めさせていただきます。初めに本日ご講演いただきます三重県知事北川正恭様を簡単にご紹介させていただきます。

昭和191111日に三重県鈴鹿市でご誕生されました。昭和42年3月早稲田大学第一商学部を卒業、昭和4712月三重県議会議員に当選され、3期務めた後、昭和5812月衆議院議員に当選。任期中の平成2年2月に文部政務次官を務められ、平成7年4月三重県知事に当選、現在2期目を迎えていらっしゃいます。

最近では地方から変えていこうということで、全国初の「産業廃棄物税条例」の制定など、新たな地方自治に取り組んでいらっしゃいます。また一方では先月の父の日に、今年の最も素敵なお父さんに贈られる「イエローリボン賞」を受賞されベストファーザーに選ばれるなど、あふれる情熱と行動力をお持ちの反面、とても優しく気さくな方でいらっしゃいます。

本日はご公務大変お忙しく、東京からお越しいただきました。今日は「新たな時代に向けての地方からの挑戦」をテーマにお話をいただきます。三重県知事北川正恭様、どうぞお願いいたします。


皆さんこんにちは。三重県知事の北川正恭でございます。今日は10周年ということでお招きをいただいてありがとうございました。今も過分なご紹介いただいたのですが、だいたいほめられた後は「予算をよこせ」とかいろんなことを言われるんです(笑い)。

このTMCにお招きいただいたことは大変嬉しく思っていまして、どうしても、行政と民間の方とのNPO的な関わり合い、あるいはご自分たちでご自分たちのことは解決しながら地域保険なんかどうしていこうと、こういうものが今まで日本には本当に少なかったと思うのです。それで、ついつい行政に対して圧力団体になるとか、補助金が欲しいとか、こういうことが私どもとの間でずいぶん多く見られてきたのを今挑戦しておりまして、「自らでどうぞおやり下さい」というようなことを行政も本当にきちっと言うようになっていかないと、いつまでたっても日本の閉塞感は取れないだろうと私は思います。

三重県にも5,000ぐらい取り巻く団体がございますが、ほとんどがご自分たちの組織は全く非効率になっていて、非効率なところに経営資源を放り込めというのが一番多いと思うのです。その非効率の団体がなくなることが閉塞感が一番取れることだということに気付いていただかなければ明日の日本はないんだ、と本当に感じております。そんなときに、ご自分たちが会費を出されて10年間継続されるということは大変な努力だったと思います。そういったお姿に敬意を表させていただいて、「では私でよければ」ということで、今日はお邪魔させていただきました。皆さんの10年間のご健闘に敬意を表したいと思います。

それで私が選ばれた理由の1つは、行政改革を少し進めてきているが、そのような話を、というところかなと思いますので、私がやってきたこととか、あるいはどうしてそういうことに取り組んだか、というようなお話をさせていただいて使命を果たさせていただきたいと思っております。

私が平成7年に知事に就任して6年少々を経過したわけでございます。確かに費用対効果で効率的な行政をやるということは当然必要なことだと思っていまして、最小の費用で最大の効果を上げるということはとても重要なことです。しかしそれよりもっと重要なことは、効率とかそういうことだけでなしに、まったく考えを入れ替えてゼロベースで発想するという習慣が身に付いた方がはるかにいいということです。

1年少々前になりますが、三重県庁で「ゴミを減らそう」というのと「ゴミをなくそう」という大論争といいますか、県の最高の意思決定機関は部長会議ですが、その部長会議で3時間ほどゴミ論争をしたことがございました。私は「ゴミをゼロにしようよ」と提唱したら、ある部長が真っ向から、「そりゃ知事、ダメだ。私たちは毎朝、整理整頓、清潔という5S運動を一生懸命やっている」と。それは効率の世界でありまして、役人の皆さんは非常にまじめだから去年よりはゴミを5%減らそうということは簡単にやられるわけですが、私はゴミをゼロにしようという発想ですから、「ゴミをゼロにするためには当然捨てるべき場所のゴミ箱はいらないね」だから「ゴミ箱をなくそう」という話をしたわけです。そうしたら「そんな荒唐無稽な、とんでもない」と。こんな話でスタートして、すったかもんだか、かんかんがくがくの議論をしたのでした。

実は行政の体質というものは、最初は「とんでもない」だから「やらない」というパラダイムの中にどっぷりつかっていたと思うのですね。しかし、そこで皆がだんだんそういう議論を始めて、甲論乙駁をしていきますと「あれ、ひょっとすると自分の考えも間違ってたんじゃないか」とか「ひょっとしたらできるんではないか」と、アベレージ行政ではなしに真実の姿を見つけだそうと3時間もやりますと出てくるわけでありまして。それでとうとう三重県庁からはゴミ箱はゼロになりました。そしてゴミ箱がすっかりなくなったら、各階に分別箱を置こうということになって、ゴミの量が8割減ったわけであります。すなわち10%減らそうというのは、従来の効率を求めた発想で普段の努力として必要ですが、私が願っている行政改革の基本は、ゴミ箱をなくす、ゴミをゼロにする、あるいは場合によっては80%なくす、という「発想の転換」が必要で、すなわち「思いこみをなくす」ということが必要だということです。県の職員7000名ほどいてくれますが、日々そんな話をしていまして、ゴミ箱論争に終止符を打ちました。

そこで皆「ゼロ・エミッション」だとかいろんなことを頭として理解しております。「混ぜればゴミ、分ければ資源」と言葉としても理解しているのです。ですが実際、分けてみたら本当に資源に変わったというサクセスストーリーを1つ1つ積み重ねていくことによって、「あ、社会はパラダイム・シフト―抜本的な、び縫策ではない作り替え―が始まっているんだな、それこそが21世紀に与えられた我々の使命だ」ということを気がついてくれればありがたいと思います。そんなことで私の目指す行政改革は、当然効率化もさることながら発想の転換、ゼロベース、抜本的な体質改善、というところで進めてきているわけでございます。

そこで私の歴史認識、時代感覚に関してですが、明治維新とか戦後の改革に続いて第3の改革とよくいわれますが、それはそれで正しいと思います。しかし多分、そんなことよりははるかに次元の違う大革命期、文明史的転換点にあって農業革命とか産業革命に匹敵する、あるいはそれ以上の、人類始まって以来の革命が始まった、まだ序曲だと私はこういう時代認識でございます。

四日市で宝酒造さんが、「ドラゴン・ジェノミクス」というゲノム解析の研究機関をつい最近お作りになりました。それで、DNAのさまざまなものを、例えば解析するのに従来は30年かかっていたのが3日間でできるとか、あるいは1億円かかっていたのが千円でできるとか、そういう単位がまったく違う世界が出現しました。したがってクローン人間などが出てきたときに、まさに生命倫理が変わってきてライフスタイルが変わる。ということは憲法をはるかに超えた大問題でありまして、人生は80才前後の平均寿命で亡くなるであろうという前提の社会の仕組みはここでひっくり返ってきたと申し上げて過言ではないと思います。あるいはご商売でフェイス・トゥ・フェイスで決められてきた、そういう商習慣なり法律というものは、バーチャルの世界で日本とアフリカ、日本とアメリカ、日本とブラジルで成立するわけですから、eコマースに対して新しい法律というのは生まれてこなければおかしい。従来の価値判断で、あるいは憲法なり法律という想定した範囲で解決できる問題ではない、こういう時代認識が実はあります。憲法とか法律は起こった事象について後追いのもので出来上がってくるわけでありますが、すでに現実の方がはるかに先に進んでいるという時代です。したがってこれは大変だと思います。

「この大変だ、というピンチをクライシスと取るかチャンスと取るかはそれぞれの心の持ちようではないか」―私はこんな話を際限なく議論をしております。いわゆる戦後価値が転倒したとき、今がああいう時期ではないのか。戦後だったからこそソニーとか本田技研とかいう見事な企業が生まれた。したがって見事なパラダイムがずっと続いてきて、その中で官庁は強いんだと銀行は絶対つぶれないんだと。関係者もいらっしゃるかも分かりませんが、「3大財閥はあこがれの的だ、結婚するならそこの社員と」―こういう前提が全部狂ってしまったものですから、銀行はあっという間に数少なくなってきたではないですか。あるいは財閥系の中身もほとんどが解体に近くなってきているではないですか。こんなときこそ見事な本田技研を作り出すチャンスが生まれてきたと、こういうふうなことを考えますときに、官囲み型の官が圧倒的に優先する官尊民卑でというのは本当に考え直した方がいいのではないか。そんな話をしているところです。この改革をもたらしたのには様々な要素があるとは思いますが、決定的な要素をもたらしたのはやはり「情報革命」だと思います。情報がインタラクティブにリアルタイムに飛び交いますと当然お客様は満足ということになりますから、「顧客満足」という経営をしない限り、どんなにいい商品を作ったって売れない。規格大量製品は売れなくなってきた。これはもう当然のことです。また、物が不足している時代にはサプライサイド―供給側が当然強くなりますから、ご自分たちが自動車を作る、ご自分たちが白い冷蔵庫を、またクーラーを作れば当然どんどん売れる。ところが物が充足をして参りますと、サプライサイドから、コンシューマーサイド、ディマンドサイドに一気に変わるということは当然です。規格大量製品は当然売れなくなってくる。そこで世界中の市場がどんどんとボーダーレスになってきましたから、世界の価格がだんだん統一化に向かっています。そうしてかつては閉鎖された社会であった社会主義国が、国家も経営を失敗すると倒産するということを我々はここ10年経験してきました。あっという間にソビエトという巨大帝国は無血で滅び去ってロシアという国に変わってしまった。東欧諸国もそうだった。中国なんかも仮面を脱ぎ捨てて、全体合わせれば20億ぐらいの労働市場がすぐ生まれてくるわけですから、それをいち早く見抜いたユニクロが勝利することは当然であります。やがて労働市場から商品市場の方へと参入するという大転換期でありますから、まさに本田技研やソニーが生まれるチャンスが出てきた、という感じがします。すなわち物不足時代から物充足時代へと変わってくる経済というのは、当然変わらざるを得ないというふうに思います。

したがってITがもたらしたエコノミーの革命はものすごいものがありますが、私は行政の三重県の責任者としてIT革命をエコノミーというふうにとるのもさることながら、デモクラシーでとったところです。今までの民主主義というのが実はサプライサイドで運営されてきて、みんなそれが正しいと思ってきたと、私には映るわけです。すなわち物が不足していますから、「〜してあげよう」と輸出奨励金が典型的なもので、行政がサプライサイドに味方する。政治もどんどん味方するのです。そこで政官財という悪くいえば癒着であろうし、うまくいえば協調体制、護送船団と、こういうことが日本の民主主義だと政治の使命だというふうに錯覚をしてきたと思うのです。例えば、厚生省が川田君というHIV患者がいて5年間まったく門前払いをして平気であったと。その間に製薬会社の社長さんなり、医師会の皆さんと厚生省の役人が何をしていたかは皆、百も承知です。権力によってそういったことを一切押さえてきたということは、実はタックスイーターの立場、いわゆる税を食べる、税を使う側の論理で日本の政治とか行政が動いてきたということが明白ではないか、と私には映るわけです。

したがって情報公開を前提にした社会というのは、タックスイーターからタックスペイヤーの立場に変わってこないと本当に民主主義というのが語れなくなってきた、と私はずっと申し上げてきたところです。すなわち税を山分けしようとか、どうやって使おうとか、今日までずっと議論をしてきて見事に護送船団が功を奏して、物不足から物充足に、あるいは経済未成熟が経済成熟で経済大国になったというのは、まさにキャッチアップ開発成長型の国家作りのときには見事に機能をしました。ところが物が充足して、開発成長から内部充実、質の充実・進化というところへ方向転換をしていくと、そこで行政・政治の有り様が変わってこなければいけなくなったということだと思います。現在参議院選が行われていますが、前回の統一地方選挙、そして総選挙、衆議院選挙を見ますと明らかに投票行動が変わってきています。今までは「有権者の皆さん、私はあの道路も造ります。あの学校も造ります。あの福祉政策もいたします」ということで、どんどんと利益誘導型の演説をすることが日本の選挙だと錯覚をしてきた向きがあったと思います。そしてそれを訴えて地元に利益をもたらしてくれるから、というので投票行動が行われましたが、その2回の選挙から、「私はあの道路は造ることに反対です。この学校については5年間待って欲しいと思います。この福祉政策だけはやらせていただきたいと思います」と変わってきました。すなわち今まで右肩上がりでございましたから、収入の方は一切隠してきたわけですね。右肩上がりで黙っていても増えてきますから、一切それを言わなかったのです。ところが右肩上がりが成熟した社会になってぱたっと終わってしまったら、「何だったんだろう、666兆円というのは。あれは自分たちのお金だったのね」と。実は県民の皆さんの方がはるかに早く気がついて、「道路は欲しいけれど、これ以上税を増やしてもらいたくないから、私たちの老後のために蓄えをしなければいけないからあの道路はもういいです」とか、あるいは自己実現からいって「道路よりも未踏地の環境を残して欲しい」という、いわゆる物充足ということではなしに自己実現へと向かっていくのは成熟社会の当然の流れだと思うわけです。すなわち「入り」と「出」。「入るを量りて出ずるを制する」ということが、右肩上がりが終わってしまって初めて、その判断材料がそこへ来ることになったものですから、利益誘導型から「無駄遣いはやめましょう、皆さんのお金です」ということを有権者の方に訴えるまじめな姿勢こそがだんだんと認められてきていると思うところでして、費用対効果というものがはっきりと選挙にも現れてきている。アメリカの上院議員の選挙などは明らかにそういう選挙になってきていまして、「私はこれをやめさせました」と言い、すなわち費用対効果を考えて効果があるのはあるけれども費用がかかりすぎるから、とこういうことになってきていると考えます。したがって今までの「やります、やります」という利益誘導はほとんど終わってきた、と考えた方が正しい。そうすると、先ほどずっとお話をしましたとおり、民主主義は住民の皆さんが「要求すること」だった。要求型民主主義といいますが、要求し続けることだった。そして政治行政はそれに打ち出の小槌を振ることが政治であり、行政であるという文化といいますかパラダイムで、日本の政治が動いてきたと、こういうことじゃないでしょうか。右肩上がりですから住民がどんどん要求を出す、それに打ち出の小槌を「はい今年は福祉」「今年は教育」「今年は公共事業」ということができたのです。それが破綻を来したものですからここで変えるチャンスだと私は思っているところです。だからなんぼ費用対効果を叫んでもなかなか難しいな、システムを入れようということで、やはりここは中央集権よりは地方分権でなければ絶対いけないと私は強く思っています。中央集権で官僚が治める「中権官治」から「地方分権」、「分権自治」、自ら治めるというところへ思い切り変わっていかなければいけないとそう思って行政改革をして参りました。

最近よく話されますのでご承知の方多いと思いますが、だいたい税というものは国が2持っていきます。私どもは1いただきます。2対1です。国が2で私どもが1、税金入る方です。今度予算として出ていく方は反対になります。国が1で私どもは2です。だから私どもは1足らない飢餓状態ですし、国は1余っている腹一杯の状態になります。したがって余っている1に対して、私や市長とかいろんな人が上京し、本省へ陳情に行くわけです。足りませんから、余っていますから。「上京」も「陳情」も「本省」も全部差別用語だと思います。政治や行政の世界で情を述べに行って、それだけでは足りないから「納屋橋まんじゅう」持っていくわけです。「これ、足らないな」と思ったら赤坂で接待です。こういう官官接待が平気でまかり通ってきた要求型民主主義というのをもう1回見直そうと。情報がインタラクティブ、リアルタイムの革命をもたらしましたから、隠そうと思っても隠せなくなってきた。そしてもう国と県市町村は、上下・主従から対等・協力の関係へ行かなければ全く国に頼ってしまうとご理解いただいて間違いないと思います。従って国が使うものが1だとするならば、やはり税収の1はそちらへいくべきであって、我々地方が2使うといったら入る方も2、というのが今回の税財源の委譲ということになってくるところです。

これを身近な問題でいいます。ある町の公民館を建てるとします。公民館を建てるときにプチブルミニマムといいますか昼夜会合をして必要だというのが1億円とします。その1億円で公民館を建てようと思うとその町の実力者が出てきて、「公民館に図書館もつけろ」とか、「料理教室もつけろ」とか言うわけです。その町長さんが「予算が足りませんので」というと、「県や国で予算取ってこい」と叫ぶわけです。叫びますから町長さんはそれを一生懸命取ってくる。取ってくる町長さんや知事が、名町長さん名知事となったわけでしょう。その取ってこいという住民の心の卑しさ、住民の自立心のなさ、これが右肩上がりのときは要求型民主主義だから、それこそが民主主義だと思ってきた、その錯覚を治さなければいけないと思います。すなわち1億円でできないからプラス1億円で図書館や料理教室を、と言って1億円を取ってこいということです。取ってこいと言うので私も現実の知事ですから東京へ行きます。それで一生懸命お願いしたり、市町村長もやってきた。そのプラス1億円がたまりたまったのが666兆円ということでありまして。取ってこいというお金は実は自分のお金だったと初めて気がついた…。そしてその1億円で図書館は年に10冊貸し出しがあった。料理教室は年に2回開かれた。こういうことで箱もの優先で造ることが目的化してきたのではないか。だからこれからの市町村長さんや知事は、「最初の1億円は最低のナショナルミニマムといいますか、それは必要ですからいいですが、もし、住民の方が造れとおっしゃるならば造ります。それにはプラス1億円かかりますからどうぞ皆さん方税金を納めてください」と言うことによって初めて費用対効果、民主主義は語れるわけです。今までそっちを責めずに国から取ってこい取ってこいというだけで、自分たちを要求型民主主義に甘えさせることが民主主義であった結果が、666兆円の借金であります。私も政治家の端くれですからあまり言えませんが、政治家・行政の責任ではなしに住民の責任であったと明確に申し上げていかなければ、日本の本当のデモクラシーというのは成立していかない、ということを失礼な言い方ですが感じているところであります。そのためにはまず、行政が変わりましょうよ、ということを言ってきました。一番変わらなければいけないのは情報を公開していくということです。「情報公開」というのは実は言われて公開していくという意味合いがありますから、三重県では「情報提供」という言葉をつかっております。すなわち政策を決めていく課程、意思形成過程から予算編成課程まで全部出そうと、こういうことで県民の皆さんに情報を提供していくのです。そうすると県民の皆さんと一緒に協調して県政が出来ていきますね。もう少し悪く言うと協調者ということだけではなしに、どんどんと共同正犯を仕立て上げていけばいいことになるわけであります(笑い)。

民主主義、こんな未成熟なこんな面倒くさいことは誰もやりたくないのです。コストはかかりますし、手間暇もかかる。こんな非効率なことはやりたくないのですが、憲法に書かれた「主権在民」ということからいけば、主権者である県民の方が参画できるから民主主義を採り入れているのであって、もう1ついいことは、民主主義を任せる県知事とか議員さんというのを実は自分たちが修復が可能で、気に入らなければ落とすという権利があるのです。だからこそ民主主義をやっているのです。情報公開するということが政治・行政にとってものすごくつらいことだとみんな錯覚しています。今まで隠してきたことをばらすのですからつらいですよ。だけど全部ばらしてしまったらこんな楽なことはないということを一生懸命訴えているのです。誰が一番つらくなるかといえば、県でいえば県民の方がつらくなるのです。今までは情報非公開ですし、何も分からない間に全部東京で決めてきて消費税がどう使われているのかも分からない。こんなことから知事はばかだ、けしからん、県庁は間に合わないとお叱りをいただくわけです。そのときには情報公開されていませんし、いろんな点でコラボレーション、協同の形ができていません。囲み型で一方通行ですから言われても仕方がない。だからこそまず情報公開をして、県民の皆さんに全部さらけ出し「ご一緒にやってください」と見せたら、今度は「住民の皆さん、あなた方の自己責任を問いますよ」と言いたいがために、情報公開をどんどんと進める。すなわちお任せ民主主義とか観客民主主義といって野球の観客席にいて、風が吹いているのも土ぼこりが舞ったのも、あるいは穴ぼこが空いているのも分からずに、「あいつは守備が下手だ」「足が遅い」だとかそういうことばっかり言っている。本当に観客民主主義でいいのか。要求することが民主主義ではなしに、みんなが作るんだというところをみんなが理解して、あなたの町はあなたが作られるんですよ、ということが真の理解をされてこないといけないのではないか、と思います。したがってもう県知事はばかだと言ったり批判はやめられた方がいいのではないか…(笑い)。本当にその町のレベルは町長さんが決めるのではなしに、政治、行政の側がすっきりして、そこに住まわれている住民のレベルによって決まるということを語りかけていかないと、パラダイムシフトを起こさないと、要求に対してどんどんと打ち出の小槌を振れば何兆円あっても何千億円あっても足らない。

 行政改革のキーワードは「情報公開」ということになるわけです。公開をする、オープンをするということは参画を呼びます。参画を呼ぶということはすなわち責任が発生しますから、「住民責任を問いますよ、自己責任ですよ」ということになるわけです。実は中央集権がいつまでも続いていたら交付税制度とか補助金制度とかで国からどんどん下りてきてシステム的に無理です。公民館を建てるときに「住民の方から税金をいただきます」と言うためには、分権社会をどうしても作らなければ民主主義は達成できないというのが、地方分権の最も重要な部分であります。

もう1つの地方分権の最も重要な部分は、分権こそが情報公開の一番よい方法だということであります。すなわち、分権をして例えば極端な話、その町で消費税5%納めていただくとしたら、この5%のうちの1%はあなたの老後のために、この1%はあなたのお子さんの将来のために、この1%は道路のためにと、身近なところで一番分かりやすいですからこうはっきり分けて見せたら、「いや町長さん、私は老後が心配ですから1%をもっと増やして3%にしていただきたい。2%負担します。その代わり、老後の安心を」と言われたとします。それは参画するし、ご自分たちで決めるでしょう。天から降って湧いたわけじゃないでしょう。「入り」と「出」がはっきりしてくるでしょう。これまさに民主主義。そのためには身近なところへと行政がどんどん移ってくる方がいいんだ。これが分権なのです。すなわち「公開=分権」であります。地方分権の権限委譲ということはすなわち、責任と権限が明確に分かれている、はっきりしているということになります。

地方公務員の方が警察官とか学校の先生を含めて320万人いていただきます。この320万人がプライドを持って自分たちこそが地域の皆さんと本当に心を開いて、絶対に我々が作るんだとなったときに、政治が悪いとか民間の方が悪いとか言うのでなしに、自分たちが心から変わったら3%の組織者は97%の未組織者を完全にリードできると私は本当に信じています。ですが、上下・主従という関係が中央官庁と県や市町村にあって、今までは国で政策を考えるのです。補助金の形も制度も全部国で考えるのです。そして我々は執行機関に過ぎない。言い方を変えれば下請け機関に過ぎない。だから地方公務員が語ることはこの橋をどうやって安く架けようということは議論します。しかしその橋が本当に要るかどうか、今どちらが大切かどうかというのはほとんど語られません。今の日本の政治はどうかと地方公務員が語ったら、中央官庁から叱られます。こういう格好で320万人の方が、権限を与えられ自己決定したら自分で責任を果たすという形にはなっていません。廃棄物行政を見てください。市へ行ってみてください。「あれは県です」と言いますよ。県へ来てみてください。「あれは国です」と言って逃げますよ。国へ行ったら、ぱっと逃げて「あれは市町村です」と、くるくるっと逃げられるようになっているのが集権の見事なところなのです。権限があるということは責任があるということですから逃れ去ってはいけない、ということがとても重要なことなのにもかかわらず、実は集権体制がいつまでも続き、中央が支配をするというようなシステムは、断固治していかなければならない。結局口で叫んでもいけませんから、システムを入れるということはとても重要だということで、地方分権ということについて真剣にお考えいただければありがたいと思います。

そして冒頭申し上げたように、三重県の行政改革のキーコンセプトは、「生活者起点」ということになります。タックスペイヤーという税を納めるというのもいかがなものかと思います。payというのは支払うわけですから本当は税を支払うといった方がいいように思います。皆さん、水を買おうというときは、この水を見て「あ、『エビアン』だな。これなら100円で買おう」ということですよね。だから経済界の皆さんはいつも後銭なのです。行政だけは誠に都合のいいことに先銭をいただくわけです。税というのは先銭なのです。多分こういうサービスをしてくれるだろうから税を納めているというわけです。したがって当然支払ったペイヤーの方に権力がなければいけないのに、あまりにも制度化してしまったので当たり前になりすぎて、その税は自分たちのものだと官僚は錯覚してしまった。だから「分けてあげる」ということです。「頭下げて来いよ」「やってあげる」こういうことになるわけです。これでは民主主義は機能するわけはありませんから、先銭をいただいたという謙虚な気持ち、このことを我々は本当に理解しなければいけないと思います。

今まで何回か行政改革運動とか教育改革とかやられましたが、ほとんど成功した試しがなかったのです。それはどうしてかというと、県民を満足させる行政を続けていこうという行政改革はダメだ、ということです。県民を満足させる改革はダメ。なぜか?「県民を」というのは目的格、ではその主格は何かといったら「県庁が」。「県庁が」「県民を」というのはまったく官の思い込みでございます。だから我々の改革は「県民が」満足できる改革、主語は「県民が」です。すなわち税を納めていただく皆さん方、この方たちが満足できるサービスをどのように提供するかという組織に三重県庁を変えていかなければダメだ、こういうふうにご理解をいただきたいと思います。すなわち主語は「県民は」でございます。そこでタックスイーター―税を一緒に使おうという―商工会議所とかあるでしょう。農協さんとか労働組合とか医師会とかいっぱいあります。これ全部もたれ型です。あまり言ってはいけませんが、皆さんみたいな会に変わってくれば本当によくなる。非効率なところへ全部焦点を合わせて、非効率な方へかわいそうだ、かわいそうだと言ってどんどん補助金漬けにして、糖尿病で危なくなっている団体が今あるじゃありませんか。だから行政改革あるいは財政再建は、経営資源を非効率なところから効率のいいところへと移し替えることですから、「皆さんが本当に立ち上がっていただいて、政治・行政というものは皆さんこそがお決めいただくということをご理解をいただこう。そこで税を納めていただいている方に権利があるんだ、我々はそれを聞かざるを得ない義務があるんだ」ということを真剣に考えました。そして考えたときに、お年を召した方とか障害を持たれた方とか、あるいは子供さんは税を納めていらっしゃいません。しかしこう生きようという意思のあられる方がいっぱいいらっしゃるわけですから、そういう方々を総称して三重県では「生活者」ということにしたわけです。そして「起点」とは起きる点と書く。私は衆議院議員を、国会議員をやっておりましたので、そのころには「生活者重視」とかあるいは「生活者優先」という言葉を使っていたのですが、どうもしっくりこない。ということで私が知事になってから行政改革運動を始めるときに半年間ぐらい前、毎晩何百回何百時間かけて議論してきましたが、生活者重視とか生活者優先というのは官が「生活者を優先してあげますよ、重視してあげますよ」というような感じになった。それで、憲法に主権在民と書いてあるから、一般の企業の経済界の皆さんがお客様を顧客という客体にとらえることはいいだろう。果たして客体ととらえるよりは県民の皆さんの方が主体であろう。やはりあちらから言っていただいたことを、パブリックはサーバントとしてどうサービスするかではないか。県税を納めていただく皆さんが本当にお客様か株主に匹敵するのではないか、結局は主権在民ですから、県民の皆さんから起きてくる点をいただいて我々がサービスするということで、今のところ三重県行政のキーコンセプトは「生活者起点」でございます。キーワードは「情報公開」ということになるわけです。

そこでなかなか理論、理屈では政治行政は動きにくいものです。私も前の森総理大臣、今の小泉総理大臣ともずっと一緒で、宿舎も隣同士ですし、同じ派閥でしたから百も知っていますが、どこが変わったのか、二人を見ているとまったく同じかなという気がしますが、しかしショックで、あっという間に、いわば小泉さんが9%であった支持率を80%とかにしてしまうということは、実は理論・理屈ではないのです。ショック・反動をつかめる感性があるかどうかだということで、改革というのをセオリー・哲学で動かしていくというのは最も重要なことですが、やはりショック・反動を利用しないといけないというのも、政治家に与えられた大きな使命だと思います。

今日私は東京から来たものですから、未成熟東京に合わせてスーツ・ネクタイをしていますが、7月1日から9月23日までは半袖・開襟でございます。知事が半袖・開襟といいますと「えっ?」とこうなります。ネクタイを取りますと体感温度で2度違うそうです。ベルトを取ると1度違うそうです。全部取ると4度違うそうですから(笑い)、もうすっかり県庁とか建物のファシリティが変わってきます。この会場のように、ホテルは冷暖房完備という前提できてますが、「本当にいいのか」という議論をしていったときに、「サマーエコスタイル」でやりましたら、とうとう1シーズン300万円ほど浮きました。そうなるとパーテーションを取っ払うようになります。そして緑を植えるようになります。建築廃材という環境への負荷がなくなります。話はどんどん進化していくところでございます。したがって形から変わるということで、まず知事がネクタイを取り、スーツを脱いで半袖で、そしてその姿で表彰状を渡すというのはなかなかおもしろい。当然県の主催の大会についてリボンというものは取りました。知事は特大、県会議員は中、下々は小、水戸黄門の時代とまったく変わらない、官のお上意識そのものだと私には映るわけで、それを何の抵抗もなくやっているというこの感性のなさを恐れるのです。それも役人は議員さんの番号や大きさを間違えると叱られるから、そのことに1日中かかり切りになる。そういう仕事をやめれば、県庁はあっという間に半分で堂々と県民サービスがつながるということが考えられるでしょう。だから形から変わっていこうよ、というのを何回も何回もやっているところです。

「形から変わる」というのはどういうことか。ご自分の会社、ご自分のご家庭では余ったらできるだけ子供の将来のために貯金しようかとか、子供が車を買うためには今年から毎月1万円づつ貯金しようかということになりますね。ご承知の通り行政は違います。年度末には使い切り予算ですから、余った予算は全部使うのです。使い切れないから空出張とかいろいろなものが出てきたわけ。だから「そんなことやめよう」と私は言ったのです。「いや、国から叱られますから。予算が2度と付きませんから。そういうルールですから」と言われ、ずいぶん叱られましたが、「やめよう」ということで全部はやめられませんでしたが、かなりの部分はやめてみました。それで県の職員に出会ったときに、とにかく「やめようよ」と言うと、皆「そんな余計なことを」と言う。「じゃあ、1000万円の予算があって、あなた方が努力して年度末で100万円削減されたとしたら、50万円だけ黙ってあなたにあげる」って言ったんです。…そしたらやりましたね。それで50万円はこちらに引き揚げますが、残り50万円はその課の課長に財政当局とか私の査定がなしに使えるということになった。そのときにまたこれが涙ぐましいのですが、「財政当局に何回言ってもくれなかったけれど、これでパソコンが2台買えました」とか、それから「応接セットが欲しかったけれど、財政当局に嫌われたらカット」という話になってくる。すなわち努力して倹約するという思想はまったくなかったわけでして、「使い切らなければ責任が果たせない」というシステムでした。それがおかしいから使い残し予算というのをやってみまして文化が変わりました。誠にお粗末な話ですが、そういった1つ1つを実は100本も200本も運動体としてとらえて、その総合的な運動の量によって、気がついたらあるとき革命が起きて、官と民の間が本当に対等・協力、コラボレーションということになるというふうに考えたわけです。

県庁1兆円ぐらいの予算でありますが、それでも歴史、伝統もありますし複雑な要素が絡み合って、民間の企業のいわゆる倒産とか売り上げが伸びないとかいうような、はっきりしたことが分からない組織では、なかなか満塁ホーマー一発で革命が起きて解決することは、武力を持たない限りあり得ないと私は思いましたから、絶えずシングルヒット、バント、あるいは盗塁と、こういうことを1つ1ついっぱい積み上げていこうということでいろんなことをやってきました。そしてサクセスストーリーをして、本当に言ったらできましたね。今までは役人さんは賢いですから、だから「やらない」ということだったのですけど、ちょっとやってみたらできた。だけどこれが「やろうよ」となったら独りでに進化していくというふうに思って私はやってきました。そして実はホームランを打ちたいし、ヒットも打ちたいけれど、それを目的にしたらダメだ。必然的にヒットが出、ホームランが出るような仕組みこそを考えていこう、ということを徹底的に何回もやりました。6年の間に県庁職員と私とで何千回というフリートーキングをやったと思います。何千時間だと思います。ほとんど外に出ないで朝から晩までそれだけです。もう県庁職員は辟易してますけど(笑い)。県庁職員は私より頭がいいのですけど、私に勝てないことが1つある。「しつこさ」ですね。朝から晩まで来る日も来る日も何回も!やる。私も政治の世界を生きてきましたから、「あんたが頼り」とか言って人を動かすことはある程度分かっていますが、一切やめたのです。「あなたがやってることは悪い」とか「あなたがやってることはいい」ということを対等の関係で議論して、アベレージをやらずに「本質とは何か、仕組みを変えていこうよ」ということを、私、頭悪いものですからそれしかないと心に決めて朝から晩まで四六時中ずっと!言い続けて(笑い)。役人というものは賢いですね。1回目は「あれは知事の思いつきだからやめておこう」で、1週間経った2回目では「ちょっとやめておこうかな」と、3回目は「本気だな、こりゃやばいな」に、4回目にもう1回言うとだいたいやるのです。繰り返し繰り返しそういう話をして、そういった改革の中心に評価システムを入れたということでございます。

その評価システムというのは、企画をします―プラン。その後実証します―ドゥ。プラン、ドゥときますから当然それをやった評価をしなければいけない。見る、評価をする―シー。「プラン・ドゥ・シー」。言い方を変えれば民間のマネージメントサイクルですと、PDC―プラン・ドゥ・チェックアクションでも同じなのですが、そのサイクルを入れようと就任早々にやりました。これが私のコアです。それをどうして入れることにしたかというと、役人はただまじめですから、10回も20回も国へ上京してお願いに行くのです。「てにをは」を直すとかして一生懸命1億円の予算を取りに行くのです。これは涙ぐましいまじめさだと思います。それで、いただいてきた1億円の予算を決算するのは実は2カ年あとですから、極端にいえば決算は全然ない。民間だったらそれではつぶれます。1億円投資するには、いわば売り上げを1億5000万円に伸ばして収入を得なければいけないという考えは全くないのです。ですから私は「予算主義から決算主義に変えよう。事業をやったら必ず費用対効果で全部評価してチェックしよう」とやったのです。3300の予算が付いた事業がありました。それを全部チェックして、予算課程からチェックした状況を1枚の目的評価表というのに合わせて、インターネットにのせて全国民に評価してもらう、という作業をしました。いわゆる予算編成課程をお見せするということにした。これがパブリックセクター―公共事業体―で評価システムが日本で初めて入って、橋本行革のときに基本法になって、やっと今、具体的な法律ができてきて各県市町村が真似してくれた。三重県版というかスタンダードができたということになります。

それで私が最初作ったときはいい加減な評価システムを作ったのです。あまり難しくまた政治化しすぎますとそれを作ることが目的化してしまいます。かつてアメリカでPPBS(プランニング・プログラミング・バジェット・システム)で、マクナマラやカーターが失敗したことを私はよく知っていましたので、相当緩やかな評価システムを作ってそれは使いようだ、ハサミだと言ったのですね。「費用対効果を計りますよ」と盛んに言っておいて、県会議員さんが「あの予算をここへつけろ」と言ったら、「やりたいのはやまやまですが、うちは評価システムが入っておりまして、あなたがおっしゃった横車は押せなくなりました。最終的に『それでも…』とご無理をおっしゃったときは恥をかきますよ、できませんから」と言って、「県会議員さん退治」ができた。情報公開し、利益誘導、利権的な話がいっぱい出てきた。「やりたいのはやまやまですが、情報公開でばれますがどうなさいます?議員さん」ということをやったときに、情報公開というプールと評価システムというプール、2つを持ったおかげで、三重県の県議会は多分日本一的な県議会に変わった。今オンブズマンでは、情報公開では日本一になっておりまして、私どもと県議会が車の両輪だから改革が進むと、私は県議会に感謝をしているところでございます。

県の職員組合に官公労、自治労というのがあります。この官公労と自治労は今までは情報非公開ですから、知事と職員組合はだいたいどこでも―愛知県、岐阜県、三重県を除いてと言っておかねば危ないですから、私も―だいたい癒着ですね。組合も、知事という予算権と人事権を持っています私と仲良くしたいですわね。私も、(組合が)情報非公開で手の内なんか見えないわけで、それで組合とうまくやっていけば楽ですわね。こういう文化だったのです。だから「あなた方よく考えてください。情報非公開のときはそれでいい。だけど情報がオープンになったら隠そうと思っても隠せないのだから、主権者の県民から『ダメだ』と言われたら任意団体の労働組合はつぶれますね。私は選挙で選ばれるのだから当然つぶれますね。だったらもうあっさりと、全部オープンにしてやりませんか」ということを5年間、組合と本当に真正面から何回も話し合いをしました。私は労働組合は「あってもいい」論者ではなく、「なければいけない」論者です。働く人の権利は絶対守らなければいけないと思っています。私は組合の幹部には感謝しております。「よし知事、やろう!我々は同じ釜の飯を食べる仲だ。同じベクトルを向いてしまうからついつい癒着が恐ろしい。だから癒着のない『労使共同委員会』というのを立ち上げよう。そのためには、マスコミを入れて県民中心のもとでやろう」と言って、昨年5月30日にその第1回がスタートしました。一気に変わってきました。ただし絶対癒着はいけない。国と県、県と市町村、官と民、男性と女性、労使、お互いがエクセレント同士で、緊張感のあるパートナーシップがぜひとも必要だということを申し上げてきました。お互い癒着ではなしに労働組合、県の職員組合、県民に全部さらけ出してもエクセレントだと、私どもも全部公開してもエクセレントだと。そしてお互い緊張感を持ってやっている。「県民満足度の向上=職員満足度の向上」である。「CS(カスタマーズサティスファクション)=ES(エンプロイーサティスファクション)」というのが三重県の基本的な考え方であります。私は県の職員と対立関係でやるというのも1つの手法でしたが、それは行政効率が落ちると思いましたから、一緒になってやろう、しかしばかげたことはやめておこうと。地下鉄の運転手さんは日が当たらないから特勤手当、窓口業務はストレスがたまるから特勤手当、県民の皆さんに見せたらまったくばかにされるような特勤手当というのがいっぱいありました。「そういうことはやめよう」で9割ぐらいとれました。そして県の職員は県民の方から見て「これほど努力してくれているのか、もっと月給は渡さなければいけないな」と思わせることが、県庁がエクセレントになることであり、地域社会から本当に存在感を認められて、権限と責任があって初めて、勇気と情熱が湧いてくるのではないか、ということを申し上げます。そして、組合がそれを認めてくれたということを、私は実は大変喜んでおります。すなわち県議会の方々と県の職員組合と知事部局の私と、3つがうまく回転しなければなかなかうまく改革は進まないということを感じて、私どもは今日までやってきました。結果、日が暮れてもなかなか道は遠うございます。が、私としてはエンドレスの改革でありますので、1つ1つ確実に事を処理をしながら前へ進めていくことができればと思っているところです。内発的に変わっていく、すなわち県の職員が変わり、県の職員の総和である県庁の仕組みが変わり、そして県政が、全体が変わっていくという三段論法で今日までやってきました。

平成13年、14年という2カ年が私の2期目の7年目、8年目に当たります。そこで1つは数値目標という総合計画を持っておりますが、数値目標は現在まで880ありました。これが今400に絞り込んでおります。そしてそれを政策評価とぴたっと合わせて管理をしていこうと思い、今全力を挙げて取り組んでいるところです。すなわち予算面から見て情報公開もできるし、費用対効果も見て、ということを懸命にやっております。そして平成14年度にそれに合わせた組織体制というものを縦割りを離れて政策別の組織を作れるかどうか今瀬戸際で、何としても作りたいと思って努力をしています。

そしてそれを支えるためにもう1つの戦略として、「行政経営品質」に取り組んでいるところであります。「経営品質賞」というのをご存じの方は多いかと思います。マルコム・ボルドリッジ賞というアメリカ経済界が日本に負けた、ソフトの面までもシステム的に採り入れて、デミングを超えたというMB賞というものです。アメリカは例えばGEのジャック・ウェルチが「シックス・シグマ」で成功しました。私どもはそれを、行政経営品質に置き換えて、今全力を挙げて、全庁あげて全職員勉強させて取り組んでおります。県庁へ入っただけでぱっと分かる。「あっ、すごい。緊張感がある。明るいね」と。こういうことをぜひやっていきたいと思って、「政策推進システム」という先ほどの数値目標と政策評価とをぴたっと合わせるのが1つ。もう1つは「行政経営品質」。この2大戦略をこの2カ年かかって、全力を挙げてやってみたい。すなわち縦割り行政の弊害を除去する、あるいは国県市町村の上下・主従から対等・協力という新しい実験を始めるために、私はそれをやらせていただけたら、と思って現在取り組んでいるところでございます。私がやってきた6年間、1つ1つサクセスストーリーを作りながら、「やればできるね」というようなことを職員が理解をしてくれたらありがたいし、内発的に「自分たちもやろうよ」と頑張ってくれれば、と思ってやってきました。そしてその1つの大局といいますか努力が「ファシリティマネジメントシステム」といいますが、県庁の備品とか机のあり方を変えました。フリーアドレスにしてきております。すなわち朝出勤して座る場所は決まっておりませんから、好きな場所に座るということになります。好きな場所に座るから引き出しはなくなりました。引き出しがなくなりましたからペーパーレスになりました。

そういう努力をしておりますが、それが今夜7時半からNHKスペシャル番組「会社が変われるか」というようなタイトルで、我が県の職員が奮闘、努力していることがちょっとぐらい見えるかも知れません。特集は会社ですが県庁もしてくれるそうですので、もしお時間がありましたらご覧いただければありがたいと思います。

大変失礼なお話を申し上げましたが、こうやって皆さんの前で「やります」という話をしていると、私は気が弱いし能力がありませんから、「あのときTMCで言ったからやらざるを得ないな」と。こういう空元気を出す勇気を与えていただいた10周年記念TMCの皆さんに、感謝を申し上げて私のお話とさせていただきたいと思います。ご静聴ありがとうございました。



北川知事への質問


司会者: ありがとうございました。せっかくの機会でございますので、少し質問時間を設けて、皆さんから北川知事に質問をお受けさせていただきたいと思います。


男性A: 一生懸命やってくださっているということなのですが、最初に言われた部長会議みたいなところへ来る部長は、たいていが国から来る方と地方から上がる方がローテーションしてますよね。国へ帰ったときにそのシステムを持っていってくれればとてもよいのではないかと思うのですが、その辺はいかがなものでしょう。


北川知事: 実は東京で2つほどいろんなところへ出席したのですが、大蔵省へ戻った者がおるんですが、主計官をやっていて今度は理財局の企画課長か何かになったのです。彼が三重県庁ですっかり目覚めてしまって、彼は外務・通産の主計官で戻ったのです。ODA予算というのがありますね。それがODA予算を外務省と通産省に「全部情報公開する」と言ってしまったのです。外務省の局長が「村尾主計官、情報公開してもいいですが、国がつぶれますよ」とこう言った。(主計官は)「つぶれたらいいじゃないですか」と、とうとうODA予算をオープンにして、かなり変えました。そして最近の朝日、日経など新聞をよく見ていただくと、彼のNPOでやってることがどんどん出てます。『役所は変わる。もしあなたが望むなら』(淡交社)という本を書いたのかな。それでNPO活動をしまして、財務省の企画課長で一応エリートですわね。それが、どんどんやりまして霞ヶ関で大ブームを起こしているのです。私が「それ、もっと行けー!」とこう話をして。今朝私はテレビ番組で政治学の嶌信彦さんと財務省の榊原財務官と一緒に出ていまして、村尾氏は榊原さんと一緒にやってきて、「彼は榊原さんの子分だったんだから、あなた達かばわなきゃいかん」ということでみんながそれを支え始めて、三重県版DNAは今、中央官庁に席巻するのではないかと期待をしております。その後経済産業省に研究団体がございますが、そこにも通産関連の若手で「どうしても変えたい」というのがいまして、そういうのがいっぱいおりますから、どんどん持ち帰ってくれないかなと私は本当に期待をしておりまして、彼ら自身がまず官僚のあり方を変えようと、どこどこの総裁になる、天下りという卑しい発想をやめて、ノブレス・オブリージュ no-blesse o-blige (高い身分に伴う徳義上の義務)といいますか、本当に「自分たちこそ頑張るという志を持って」というのが、私は増えてきていると思います。だから期待をしています。今朝もそういう話を一緒にしてきたんですが、村尾というのですが、「ボーターセイド」というNPOを仲間で作って、各首長というか市町村長、県知事にアンケートをとっていい人をどんどん推していこう、というものを立ち上げてしまったのです。霞ヶ関のエリート官僚がそういうことをやったというので今ずいぶん有名になって、多分NPOの世界じゃもっと有名になると。村尾信尚というのですけど覚えておいてください。そういうのがだいぶん出てきました。喜んでおります。


 

男性B: 今日、お話しいただいた中でありました、地方対中央の問題の1つとしまして、今の一極集中した東京と地方との格差がどんどん目立っている中、今後は首都機能移転という問題を本来ならば考えなければいけないと思いますが、最近の状況ですと、石原都知事がそれに反対意見を言いましたり、扇大臣がそれについても反対と、首都機能移転という問題に対して世間一般では話題がどんどんなくなってきている状況なのですが、この問題につきまして三重県は首都移転対象地の1つとして選ばれていますので、今後もやはり国土の中心に首都があった方が私はいいと個人的には思うのですが、その関係についていかがお考えでしょうか。


北川知事: 首都機能移転、私は賛成です。それで、「21世紀、この国の形を本当に1度語ってみませんか」と言いたいのです。

アメリカでアポロ計画をかつて立てたときに、「月へ行こうよ」という思想が生まれた。「そんなのに行けるか」という人たちもいっぱいいましたが、夢を与えてそしてとうとう月へ着いてしまった。そして科学振興に限りなく大きな影響を与えた。まず、こういった夢を持つことも重要なことであろうと思います。

 そして、政治は各政党が今どうしてダメになってしまったかといえば、過去の権益に追従していくことが仕事になって目的化してしまったのですね。利害調整。だから目的達成という勇気とか情熱がなくなったところに、政党の堕落が始まっていると思うのです。したがって目的達成ということになれば、この国のキャッチアップに一番ふさわしい護送船団を作り政官財が癒着をとっておるのに一番いいのが中央集権であった。明治維新の富国強兵、殖産興業も東京に全部集中してしまった。天皇陛下様も東京帝国大学も国会もあらゆるものを全部集中してきた。これはものすごく機能していたと思います。あるいは未成熟国家の典型だと思います。成熟国家になってきたときに政官財を独立する、あるいは司法・立法・行政の3権の分立をどうするという議論が当然この国家のあり方として問われなければならない。小泉内閣で塩川さんや小泉さんが簡単に「交付税1兆円カット」と言う。そのようなことは未成熟な言葉だと私は思います。そんなことにはならないシステムになっているのですが。だけど私は交付税理論には賛成なのです。この国の形を税財源で本当に語ろうよというときに、例えば憲法でいきますと「国権の最高機関は国会」です。これは当たり前の話ですね。だけど一方では92条の地方自治の本旨に基づけば「地方のことは地方が決める」と書いてある。交付税の税財源の問題は国が決められるのか地方が決められるのか、これは憲法論議論に入りますから、一方通行でカットということは非常に未成熟だと思います。だからその辺りの議論もはっきりしていかないと地方分権は進みません、というのが1つ。 

この国の形で政官財、今までのままで集中が集中を呼ぶ東京が本当にいいのか。1キロあたり道路で1000億円、地下鉄で300億円かかると。それはともかく、石原慎太郎さんがときどきディーゼルカーの、振ってますわね。あれ振らなくて済むんです。なぜかというと集中に集中を呼んで、IT化によって通勤時間はますます東京に集中しているのです。名古屋や大阪の工事しているクレーンの数よりはるかに東京の方が多いですよ。新幹線で見てください。いつも「この野郎」と思いながら私は見てますが。そうすると東京の狭いキャパシティいっぱいのところにまだ入れるということが本当にいいかどうか、というのが1つ。 

それと地震の災害とかいろいろありますね。だからこそ、首都に魅力がない日本に語学の影響も言葉の問題もありますが、400万人が来て、1700〜1800万人には変えられないということです。パリには一体何千万人来ているんだ、とかね。というような話がこれから語られていかねばいけないときに、インテリジェントシティとか環境に優しい首都というものを世界にお見せするといったことが本当に語られて、この国の形がどういうものがいいか。

これは岐阜県か三重県か東北かとは言いません。みんなまずはどこでもいいと言ってる。まず、3県で東京から引っ剥がそう、と言ってる。そして客観的な点数でつければいいのだと私は思います。政治がそれぐらいのダイナミックな志を持って語り合うということがとても重要だという意味で、首都機能移転問題は国会議員こそが議論するべきだと思います。「道路を造った、学校を建てる、だから俺んところに陳情に来い」と利益誘導をやっているようでは国会はつぶれると思います。だからこの国の形を議論するのには首都機能移転は最もいい問題だと思います。私はそういう議論を巻き起こしたいと思ってやってますが、石原さんが反対されればされるほど、またこっちがわぁっと燃え上がって…という活力がこの不景気な時代に出るか、というところは心配していますが、最大限議論を盛り上げていきたいなとは思っております。一翼を担ぎます。

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